深海の人魚は長命だ。
種族的なものだとか、体が大きいからだとか、太古の昔に人ならざるものと契約したからだとか、好き勝手にいろいろと言われているが、実際の正確なところはいまだに不明である。
「ですが、陸に上がる人魚はそうとは限らない。むしろ、短命に終わる者が多いと言われています」
強烈な冬の夕日が差し込む教室で、アズールは手元の紙を眺めている。三枚分の進路希望書が、じりじりと動くオレンジの光に照らされている。ジェイドはそのアズールの横顔を眺めている。
「魔法薬の副作用のため。急激な環境の変化のため。限りなく人間に近づくため。……理由はいろいろと上げられていますが、実例が少ないこともあり確かな結論は出ていません。だからこそ、特に深海では、陸に上がることは厭われる。尾びれを捨て、寿命を捨て、不格好な人間の形を得て、それでも人間にはなれないのに、――なのに陸にはそれ以上のものが、何かあるのか? とね」
それはきっと、いつかアズールが言われた言葉だ。
いつかアズールが言われた言葉で、いつかジェイドが考えたことのある言葉でもある。
「僕は今から、ひどいことをお前に言います」
アズールはジェイドをその青い瞳で射抜いた。ぞくりとするほど鋭くて、真剣な眼差しだった。
「僕と、この先も陸で生きてくれませんか。短い命にはなるかもしれません。ですが、それ以上に、何よりも面白いものを見せてやると約束できますよ」
くつくつとジェイドは笑う。おかしかった。この何事にも真面目な人魚が。おかしかった。返答が決まりきっている自分自身が。
「アズール、そんなに分かりきったことを、今さらこの僕に聞くなんて」
ああ、僕らはもう、あの蛸壷から随分と遠いところまで来た。
「僕が面白い魚を逃すとお思いですか?」