選択について

夢のようだった。壁内での全てが、幸福な遠い夢のように感じられた。

思い返す、これまでの、私が再び生まれてからの日々を。60年前の絶望のさなかには、手にするとは全く思っていなかった日々を。クリスタ――ヒストリアがいた。食い意地の張ったサシャがいた、馬鹿で阿呆なコニーがいた。何も知らないまま崇高な理想を掲げるエレンはいたし、到底叶いそうにない夢を語る劣等生もいたけれど、私がいなくなればいいのにと心の底から願うやつはいなかった。私がよもや巨人だなんて考えるやつももちろんいなかったし、ユミルだからって石を投げるやつもいなかった。
壁内はどんよりと暗く、殺伐としてはいたけれど、はるかに生きやすかった。60年間の醒めない悪夢に比べれば、あそこは楽園だった。あの日々が夢で、逆に今のここが私のいるべき現実なのだとしっくりくるほどだった。

だからもう、充分ではないかと思いもするのだ。私は充分に生を全うした。短かったけれど、自分の生きたいように自分の人生を生きた。だからもう、充分ではないかと思うのだ。

ああ、悪い人生じゃなかったよと、ここで人生を終わらせても、人生を終わらせてあいつらに力を返してやっても、いいのではないかと。

「なんで、ユミル、」

夢の中で、ヒストリアが私を責める。

絶望を剥き出しにして、私の裏切りへの憎悪を、悲哀を、不審を、焦りをにじませて。見たこともないような、感情そのままの表情で。
胸が締めつけられるようで、でも、お前はそんな顔もできるんじゃないかと、笑って頭を小突きたくなるような表情でもあって。

「自分達のためだけに生きようって、そう約束したのに」

ああ、ごめんな、ヒストリア。私は私の否定した、女神様をやってしまった。あれだけお前に、人のために生きるな、自分のために生きろと、そう言ったのに。結局私は人のために命を投げ出して、あいつらを、ヒストリアと壁内人類にとって敵になるだろう2人を助けてしまった。

あのとき、巨人が一斉にライナーたちめがけて襲いかかったとき、ベルトルさんの悲痛な叫びが頭の中でこだました。精神を摩耗したライナーの、悲哀たっぷりな表情を思い出した。――遠い遠い昔の記憶さえ思い出して、最後には、どこから来たか分からない、内深くに埋もれた衝動が私を突き動かした。
あのとき、どっちに味方するべきか、どっちについていけば最後まで生き残れるのかなんて、もう何もかも分からなくなったんだ。衝動に任せて私は動いた。私を一度救い上げてくれたあいつらを、見殺しにはできなかった。

ああ、こんな状況になって、いろんなしがらみが増えすぎたんだよ。誰も同情なんてしてくれないあいつらに絆されてしまったんだ。

「ごめんな、ヒストリア」

その手を取ってやれなくて。そんな顔をさせてしまって。これから先、一緒にいてやれなくて。
どうあがいてもお先真っ暗な中、壁内人類には微かな希望が見えた。私はその希望に賭けた。お前には生き延びてほしい。これは私の、ただの願望だ。死なないでほしい。未来を掴んでほしい。せっかくそんな表情ができるようになったんだから。きっとお前にもいろんなしがらみはついて回るだろうけれど、あのときお前が宣言したように、胸を張って、自分のために生きるのだと、堂々としていてほしい。

……それに、ヒストリア。あれは確かに、私のためだけに、ただ私自身のためだけにやった行動だったんだ。

私は自由だった。別にあいつらを助けることを強制されたわけじゃあない。そこに食った食われたの関係があろうとも、いくらあいつらの境遇に絆されようとも、そういう決断を下したのは私自身で、私が自ら選択したことだ。
胸を張って、ただ私は自分のやりたいように自由に生きたのだと、そう言えることだ。

――だから、戦いのさなかにちらっと見えた、ヒストリアのあの手を取っていたらと、もしもを考えるのはやめることにした。