A、の一文字に、ふと目が留まった。工場産の安価な一粒チョコレートの上にかたどられた、陸の文字。小さなこの一粒が秘めるカロリーは案外高いので、アズールは滅多に口にしない。――イニシャルがA.A.の人魚は、アズールがはじめてだった。閉じた輪の外で、ここまで鮮烈に興味を惹かれた人魚は、アズールがはじめてだった。
ふと思い立って大袋の中を探せば、そこにはZがある。Aと、Z。いちばん最初の文字と、いちばん最後の文字。辞書の最初から最後まで。物事の始まりから終わりまで、すべて。それだけで世界は収まってしまうと思ったことを覚えている。彼だけで世界は終わってしまえると思ったことを覚えている。
さて。フロイドだな、と思いながら、Fを別にとっておく。Kを食べる。Iを食べる。Uがあった。Xを食べる。Aをふたたび見かける。ZのようなNを見かける。そして、さすがに一袋では揃わないものだろうかと思っていたところの最後のひとすくいに、Lがあった。
A、Z、U、L。いい香りがする小さな正方形は4つ、お行儀よく並んでいる。彼の署名とは似ても似つかないゴシック体で。思いつきで並べたそれらは、思いつきのわりには気分を高揚させた。
さて、そのほかのチョコは口の中になくなったわけだけだが、この4文字を食べてしまうのはなんとなくもったいなくて、口にすることを考えるとぞくぞくするような背徳感まで襲ってきたものだから。せっかくなので。せっかくなので、しばらくこのまま並べておくことにした。帰ってきたフロイドに、食べられてしまうかもしれないけれど。