ブルーの瞳/管理者

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2024/04/05~07 崩壊webオンリー展示作品です。 アスター所長とヘルタにまつわる短編2編。

アスター所長にまつわる短編。

1.ブルーの瞳
 …アスターとヘルタ。ヘルタが初めてアスターを出迎えたときの話。
2.管理者
 …ヘルタと一般スタッフ達。「他の貯蔵室にもアスターみたいに管理してくれる人が現れたらいいのに」

ブルーの瞳

「本日からよろしくお願いします、ミス・ヘルタ。このような貴重な機会をいただき、ありがとうございます」
 つい先ほど、最新型の宇宙船で宇宙ステーション・ヘルタに到着したばかりの少女は優雅な礼をしてみせたが、ヘルタはそれを一蹴した。
「そういうのはいいから、頭を上げて」
 互いの瞳同士がかちあう。濃い青紫の中に薄青の円が浮かぶ意志の強い瞳が、少々緊張気味にこちらを見ている。ヘルタはその瞳を見つめた。この人間に興味を持ったところのひとつ。
 この外に映る故郷の惑星と全く同じ色。
「こっちに来て」短くそう告げて、ヘルタは振り返らずに歩いた。少し躊躇いがちな足音がヘルタに続く。わあ、と小さな感嘆の声も聞こえたけど、ヘルタはそれを無視した。確かにここから見えるブルーは美しいけれど、ただそれだけだ。今さら視界に収める必要はない。
 着いたのは主制御部分の一角だった。待機していたスタッフが一礼をする。
「貴方にはここの管理をお願いしたいの」
「え。ここの、ですか?」
「この宇宙ステーション全部だよ」
 そこまで言い放ってから気づく。そういえば、本人にも周囲にも何も言っていなかっただろうか? 関係者に出した要求は「彼女を3日以内に宇宙ステーションで見られるようにして」だけだった。
「何も説明してなかったっけ? ここは宇宙ステーション・ヘルタ。私の収容庫だよ。ここには私が集めた奇物がたくさん収容されている」
「はい、知っています」
「そう。それで、ここを管理するのが面倒になったの」ヘルタは端的に告げる、「奇物の管理もそうだけど、奇物を研究させてくれって押しかけてくる研究者とか、私と面会したいってしつこく連絡を取ろうとしてくる人とか、あと、よからぬことを考えて襲撃してくるやつらとか。もううんざり。そういう細かいことへの対処を全部お願いしたいんだけど」
 彼女は目を丸く見開いた。
「あの、ミス・ヘルタ……全部、ですか?」
「2度も言わせないで。全部だよ」
「は、はい」
 彼女は気圧されたような声を返した。少し不安になる。初めて彼女を見たときは、血縁者相手に明瞭に啖呵を切っていて、それはそれは爽快なものだったけれど、果たしてここでうまくやるだろうか?
「これまでもここの管理を誰かに任せてみたことはあったけど、いつのまにか逃げ出しちゃってた。本当に使えない。それで、貴方はどうする? 嫌なら今から帰ってもいいけど」
「……いえ、やります。やらせてください、ミス・ヘルタ。貴方のご期待に必ず応えてみせます」
 ヘルタは頷いた。
「そう。じゃあ、今日から貴方がここの所長ってことで。スタッフに貴方の部屋を用意させてるから。……詳しいことは全部そこのスタッフに聞いて。貴方の前にそういうことをやってたんだけど、でも、もう自分には無理だって」
「はじめまして、アスターさん。本日からよろしくお願いします」
 初老のスタッフは、にこやかにお辞儀をした。隠しきれない安堵と喜びがその目には浮かんでいる。その奥底には、値踏みと諦観。ヘルタとスタッフと外部からの、幾重もの圧力から解放される安堵と、果たして目の前の少女がうまくやっていけるのだろうかという値踏みと、どうせ彼女も逃げ出すにちがいないという諦観。
 まあそういうことは、やらせてみなければ分からない。
「管理さえやってくれれば、それ以外のことは好きにしていいから。じゃ、あとはよろしく」
 そうしてヘルタは宇宙ステーションを去った。ヘルタにとって時間は1番貴重な資源だから、1秒たりとも無駄にしてはいられない。

 その後、さすがはあの宇宙企業の有力一族だと思わせる手腕で、アスターは宇宙ステーションの悩みの種を鮮やかに解決していった。
 ヘルタの手には余った、研究対象やスタッフの管理も、面倒くさい外部とのやりとりも、全部アスターがうまく転がしていて、いつのまにか「ヘルタ」は各星から研究者達が集う科学研究施設のようになっている。
 ヘルタはそのことに満足し、そうしてアスター自身への興味をなくした。
 だからもう滅多に、宇宙ステーションには足を運んでいない。

「でも、大きな資金援助が必要だから、そろそろアスターに話をしに行こうかな」
 ただもう一つ、想定していなかったところでアスターを重宝している理由がそれだった。
 彼女の大量の資産は、いつだって大量の研究費用が必要になる研究者にとっては最高の恩恵である。

 ヘルタは久しぶりに、惑星ブルーを倒影したかのような瞳を思い起こした。

管理者

「この宇宙ステーションの管理には問題があると思わないか?」
 職場の片隅で管理職への陰口大会が開かれるのは、全世界でよくあることだ。
 宇宙ステーションも例外ではなく、一部の職員たちはミス・ヘルタを賛美する口で、管理職への悪口も欠かさなかった。
「おい、聞いたか? また大量の最新型観測機が搬入されたってさ。どうして誰も文句を言わないんだ?」
「文句なら言ってるさ、今ここで。金品管理もそうだが、この前の異生物騒ぎだってもっとうまく決着できたはずだろう。裏サイトの支持率見たか?」
「ひどいもんだったな。まったく、俺が所長だったら、絶対にもっとうまくやってみせたのに!」

「へえ、宇宙ステーションの所長をやりたいの? アスターの代わりに?」
 背後からのその声に僕は飛び上がった。いらっしゃったのは、この宇宙ステーションの真の主、ミス・ヘルタ——の、人形姿。いつ意識を起動していたのだろう。
「は、はい、ミス・ヘルタ! その通りです!」
「ふうん」ヘルタ様は少し考える素振りを見せて——緊張が高まるとともに、何かを少し期待した——だが、その可憐な唇から紡がれた言葉は予想外のものだった。
「じゃあ、別の収容庫に行く? 私の収容庫は他にもあるんだけど、管理する人がいないんだよね。こっちまで持ってくるのも面倒だし」
「えっ」
 思ってもみなかった言葉に、言葉を詰まらせた。なんとも光栄な話だが、とはいえ自分が望んでいるのはーーという正義感から、周りのそれ以上はやめておけという視線にも気づかずに、僕は声高に言い放った。
「ミス・ヘルタ、大変光栄な話ですが、私はここの宇宙ステーションの腐敗した上層部を改善したいのです。私ならばあの所長よりもずっとうまくやれます!」
「そう? 貴方がアスターに何を見ているのかは知らないけど、私としては」
 麗しのヘルタ様から、言葉が紡がれる。
「今まで特に問題なく宇宙ステーションを管理してきたアスターと、今まで何の功績もないあなた。どっちが信頼できるかなんて明白でしょ」
「ですが、特にレギオン侵入の件は……」
「アスターはそのために巨額の資金を投入して防衛面を改善しているみたいだし、貴方にそれ以上ができるの?」
 ヘルタ様の思いがけない所長への信頼に、僕は言葉を詰まらせた。まさか、あの冴えない所長が、ヘルタ様からこれほど認められていたなんて。……確かにそう言われると、そんなに悪くない上長なのか?
「で、行くの? 行かないの? もし本当にチャレンジしたいなら、これはすごくいいチャンスだと思うけど。……まあいいや、決まったらアスターに相談して。あなたがうまくやろうがやれまいが別にいいけど、私に迷惑はかけないでね」
 その言葉は僕を奮い立たせるのに十分で、チャレンジしないという選択肢はなかったが、同時に僕の将来がこの先大幅に変わってしまうことは明白だった。とはいえ、うまくやればいいだけのことだ。ヘルタ様の言うことはいつだって絶対なのだから、これは運命の思し召しというやつだろう。
 しかし、奮起すると同時に、ただの悪口と悪乗りがこんな事態に発展してしまって途方に暮れている自分もいる。こんな大口を叩いたものの、——果たして自分にうまく制御できることなのだろうか?

 こうして宇宙ステーションから一人のスタッフが去り、二度と姿を見せることはなかった。

「適当なスタッフに別の所有庫の管理を任せたんだけど、やっぱり全然だめだった。アスターみたいな人って貴重なんだよね。アスターがあと5人ぐらい増えればいいのに。私の人形みたいに」