熱と勢い

 ナイトレイブンカレッジ卒業生の同窓会は、どこもかしこも興奮の渦中だった。
 懐かしい顔ぶれで、懐かしい校舎で開かれたその宴会はまるで当時に戻ったようなありさまで、しかし当時ならば絶対に表には出てこなかった酒瓶が、あちこちに置いてある。
 そうそうたる顔ぶれが勢揃いするとの触れ込みに間違いはなく、あそこには茨の谷の次期王、あそこにはもうテレビで見かけない日などないヴィル・シェーンハイト、あそこには魔獣にして初めて大魔道士になった彼の姿。あそこには酒でテンションの上がったフロイドに絡まれている可哀想なリドルさん。酒に飲まれて既に潰れている元イソギンチャクのみなさんもちらほら。
 全く別々の道に進んだ学友たちが、かつてのように同じ場所に集い言葉を交わせるこの宴会は、僕たちが今起こしている事業のコネクションづくりには好都合で――そしてかつての学友たちの現況に興味があったこともあって、僕たち3人は情報収集のために、そして旧交を温めるために、この宴会に参加していた。

 ――いたのだが、宴会も半ばを過ぎたころ、僕が気になっていたのは、特に彼を慕っていた後輩につかまったきり、そこから動かなくなったジェイドのことだった。
 後輩の顔がジェイドの顔に何故か急接近したところで、目の前の相手との会話を適当に切り上げて、そちらに向かう。

「ジェイド?」
「……あずーる?」
「う、わ。……どうしたんですお前。もしかして酔ってますか」
「うーん、これはかなりですね。……ご無沙汰してます、アーシェングロット先輩」

 ごめんなさい、お酒飲ませすぎちゃったみたいで、と当の後輩は軽く笑う。テーブルに置かれた、中途半端に中身が残っている赤いラベルの酒は、この後輩が故郷から手土産に持ち込んだものらしく、度数はそれほど高くないようだが、ジェイドの体質と相性が悪かったのかもしれなかった。
 ジェイドもフロイドも、酒は僕より強い方なのだが、たまにそういう事故を起こすので――前にフロイドがうっかり出先の地酒を飲んだときは悲惨な結果に終わった――、あまり見知らぬ酒は人前で飲むなと言っているのだが、どうもこの場では気が緩んだらしい。
 あるいは、目の前の後輩が積極的に飲ませたか。
 じろりと睨んで「……引き取ります」と言えば、「すみません、先輩手ずから」と全くそう思ってなさそうな声音で返され、ただまあ耳打ちで彼の出身国のまだ表沙汰になっていない情勢について聞けたので、一応この場は流してやることにしよう。

「ほら、立てますか?……おい」
「あずーる……」

 こちらが差し出した手に何故か頭を乗せて、酔っ払いらしく体ごと寄りかかってきたかと思えば、ジェイドはやけにじっとこちらを見やった。
 らしくもないこの男の様子にどうも調子が狂って、どう対応すればいいのかもつかめない。

「あずーる」
「はい」
「あずーる……」
「何ですか、ジェイド」

 こちらを見上げたジェイドの目元はかつてないほどに赤く染まり、瞳もとろりと熱で溶けていた。
いつもならばよく回るうるさい口から、ただ漏れでる僕の名前が、やけに熱い。

「あずーる、すきです」

 そんな顔で、そんな声で唐突にそんなことを言うものだから、僕の頭はすっかりばかになってしまった。
 ここがまだ宴会の場だとか、息を飲んでこちらを見ている後輩だとか、そんなものは最早どうでもいい。
 僕は、僕こそずっと、このひねくれた男のことが好きだったのだ。

 す、と水面に上がるように、意識が浮上した。
 滑らかなシーツと掛け布団の肌触り。
 寝具の感触の違いから、自分の部屋ではないことは確かで、さて昨日はどこで何をしたものだったかとおぼろげな記憶をたどろうとして、ふと視界に入ったものに呼吸が止まる。

 やわらかな白銀の髪。
 見間違えるはずもない。

「あ、ずーる」

 僕のかねてからの想い人は、何故か隣ですうすうと寝息を立てている。
 今が一体どういう状況なのか、僕の頭は半分高速でから回りしだし、半分考えることを放棄した。

 いや、別にアズールと一緒に寝たことは初めてではない。
 これは不健全な意味では全くなく――いやある意味不健全な話ではあるのだが、学生時代には夜遅くまで作業に熱中していてラウンジのソファで一緒に寝落ちたり、彼の部屋で話し込んでそのままベッドにお世話になったりすることなど、よくあることだったのだ。彼が僕たちの部屋に勉強をしに来て、そのまま僕たちのベッドで寝ていったこともある。
 でも、今は。今の僕たちはもう、徹夜も勢いに任せた無茶も、あまりしなくなって久しいのに。そのことを少し残念に感じつつ、これがより合理的でパフォーマンスのよい、物事の進め方というものだと思っていたのに。
 ああ、そう、思い出した、昨日は母校での宴会があって……しかし、どうやってここに行き着いたかまでは記憶がおぼろげで。
 何故こうなったのか、これからどう動くべきなのか、全く方針が定まらないままのところに、ふ、とアズールのまぶたが開き、その空色の瞳が僕を映した。

「……ああ、起きたんですか、お前」

 ねぼけまなこのままのアズールが、滅多に表に出さない気の抜けた笑みを浮かべて、滅多に発することのない柔らかい声音を向けて、それらを至近距離で浴びて、もう僕の頭はぐちゃぐちゃでしかない。

「アズール、……この状況は、一体」
「……お前、覚えてないのか」

 まあいい、とつぶやいて、彼はこちらに無遠慮ににじり寄った。
 手を掴まれ、体と顔をずいと接近されて、その強引さのわりに今さっき起きたばかりの瞳は少しとろんとしていて、髪だってあちこちに跳ねていて、人に隙を見せることを好まない彼としては珍しい姿で。
 じっとこちらを見つめて。

「ジェイド。好きです。お前のことが。僕も」

 好き。好きです、とは。……いや、僕も? 僕も、と言ったか、この人は。

「……アズール、あの、それは一体」
「かわいいものでしたよ、昨日のお前は。……今もかわいいが」

 好きって、どういう意味ですか。からかっているんじゃないでしょうね。昨日何があったんですか。昨日僕は、何をしたんですか。あなたそんな、そんなこと言える人だったんですか。
言えることはたくさんあったはずなのに、僕の口は半端に開いたまま何一つ動かなくて、代わりにひとつ、唇に熱が落とされた。